2014年07月09日

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平成4年に高野線なんば~橋本の,いわゆる平坦線のみを走る特急として登場
したのが11000系です。 ”こうや” に比べ,ビジネス色が濃いのが特徴です。

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31000系が登場した際に,30000系に準じた塗装へ変更されました。
この塗装変更によって,高野線特急のカラーが決定付いた気がしますね。

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登場から暫くは本線を走る10000系と,同じ塗装だったのは御承知の通りです。
恐らく登場のコンセプトは ”高野線版サザン” の様な存在にしたかったんじゃ
ないのかなぁ?・・・と私は推測しましたけどいかがでしょう?。

”りんかん” が運行された時は,橋本よりも名前の通り林間田園都市やその途中
にある中規模な都市と大阪を結ぶビジネス特急として,設定されたのでしょう。
それだけ郊外の都市化が進んだ証だと思ってましたけど,今だに11000系が
増備されてない所を考えると,案外とアテが外れたのかも知れませんね。

”サザン” の場合は,ビジネス特急+行楽特急としての需要があります。
高野線の平坦線の場合だと,有名な行楽場所も無い事は無いのですが
大阪に住んでる私でさえ,あまりよくは知らないのが現状です・・・。
それに高野線にはクイーンたる ”こうや” が昔から居ますしね。

本線と高野線の各々の路線の特色や,その変遷を考慮してみれば
どちらもが同じ様に行くとは限らないんですよね。 ”りんかん” と ”こうや” が
併結された時は 「上手い事やったな」 と思うと同時に, 「やっぱりなぁ」 と言う
思いも湧いて来たのが私の感想です。まぁ成功してりゃ問題ないんですけどね。

個人的には旧塗装の方が好きです。色違いの併結も見たかったなぁ・・・




2014年07月07日

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岡山と鳥取を津山・因美線経由で結んでいた名門急行 ”砂丘号” です。
特に意識してた訳でもないのですが,岡山や鳥取を訪れた際には必ず
カメラに収めていました。また機会あって全区間を乗り通す事も出来て
当時,話題になっていたタブレット交換もリアルで見る事が出来ました。

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乗車の際には奮発して,このキロハに乗車したのをよく覚えてます。
急行型のグリーン車なんて,当時でも早々乗れるもんじゃなかったですからね。 

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後に ”砂丘色” と呼ばれる新塗装になりました。
この頃は各地のキハ58系が色んなカラーになって,面白かったのですが
国鉄色が好きでもあった私には,少々複雑な心境でもありました。

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こちらは最晩年の様子です。確か廃止1週間前くらいでしたっけ?
丸いヘッドマークも無くなってしまい,側面にだけロゴが貼ってありました。

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1985年頃は4~5両編成で,通常のグリーン車も連結されてました。
確か90年代に入るくらいにキロハの連結に変わったかと思います。

砂丘号の終わりを告げると共に,キハ58系自体の終焉が近い時代でした。
また1つ昭和の遺産が消えて行くんだなぁ・・・と,感慨深い想いに駆られましたね。

 

2014年07月04日

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大阪環状線の玉造駅に隣接する黒門架道橋になります。
遺構は道路の中央に建つ支柱に今も鮮明に刻み込まれています。

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無残に開けられた穴の大きさは,およそ7~8cmはあるでしょうか?
これは太平洋戦争時の空襲によるもので,推測ではありますが
当時の米軍機が,この橋の破壊を目論んだものだと言われています。

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また他にも橋側面に,機銃掃射の跡がアチコチに生々しく残っています。

しかしまぁ,こんな分厚い鉄板をブチ抜くなんて物凄い威力ですね。
もっと凄いのはこんな攻撃を受けても,立ち尽くし耐えたこの架道橋です。
鉄骨の屈強さをしみじみと感じながら,何となくゾクッとさせられる戦争遺構です。
因みにこの架道橋が出来たのは昭和7年で,未だ城東線時代の頃です。
103系もそうですが,環状線自体の歴史も相当に古いものなんですよね。

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ところでこの駅の改札上には,動輪を模したマークがあります。
これは国鉄と名乗る以前の,鉄道省のマークだそうです。
実は環状線の隠れ鉄道遺産だったりします。知ってましたぁ?

 

2014年07月03日

2006年。私が初めてデジカメを買って撮影した最初の阪堺電車でした。
 それまでは頑固にフィルムカメラに拘ってたんですが,時代の流れと
現像代が不要なのが,デジカメに転向するきっかけになった訳です。 
確か最初は300万画素のちっぽけなコンパクトデジカメでした。

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何故か出掛けると,よく遭遇する電車だったので非常に印象深いです。
青空に白い雲のツートンが,この電車のトレードマークだと思ってましたね。
路面電車はスピードが遅いので,私の安物デジカメでもブレずに撮れましたよ♪

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そういえば現在は,この青雲ツートンはモ161で復活してますね。
浜寺公園内で展示されてるモ121と同じ配色です。

昭和の古い人間なので,基本的にラッピング車は好きじゃないんですけど
この阪堺電車だけは,逆に派手な井出達の方が良いとさえ思います。
あ。そうか・・・この青雲はラッピングじゃなくて塗装でしたね(笑)。

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因みにモ501形の方は橙雲のツートンが1番好きな配色です。
私だけでしょうかね?この雲電配色が好きなのは(笑)。
 

2014年07月02日

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DC時代の ”やくも” です。当時は日本で唯一のDCのL特急でした。
これも最後の活躍になったキサシ180を連結してましたね。

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母方の田舎が島根県益田市だった事もあり,割とよく撮ってました ”おき” 。
小郡(現:新山口)から新幹線乗り継ぎで,度々利用させてもらいました。

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”博多まつかぜ” が廃止後に誕生した ”いそかぜ” です。
当時は未だ規制が緩く,許可さえ頂ければ機関区に入らせて貰えました。
こんな画像,今じゃ絶対に撮れないですよね。良い時代でした・・・

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最後は私にとっては未だ記憶に新しい ”はくと” と ”いなば” です。
2つ合わせると因幡の白兎になります(笑)。イラストマークからして
同じ意味を持つ列車名だったのかも知れませんね。

他にも四国の ”南風” や ”しおかぜ” も撮ってました。
80系気動車だと ”南紀” ”ひだ” なども懐かしい列車でしたね。

 

2014年07月01日

前編は,この3列車を御紹介。

dc (1)

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山陰線のクイーン ”まつかぜ” ですね。 伯備線が電化された事で余剰に
なった181系が82系と入れ換えで,来阪する様になった訳です。
イラスト入りマークと ”日本海3号” との並びは当時は名物でした。

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同等の理由で ”はまかぜ” も181系化されました。
晩年はJR西日本色になりましたが,近年まで生き残ってくれましたね。
旧餘部鉄橋との組み合わせも今じゃ思い出のヒトコマです。

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ラストは ”あさしお” ですね。 運転本数が割りと多いDC特急でした。
うち1本のアクロバッティブな経由が面白かったですね。

大阪ではDC三羽ガラス的な存在の列車でしたけど,今も残ってるのは
結局 ”はまかぜ” だけになっちゃいました。大都市からDC特急が消えるのは
時代の流れでしょうけど,やっぱり何となく寂しい気がしますよねぇ?。
こちとら子供の頃から,普通に見てきた列車だったもんで・・・。 

 

2014年06月29日

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山陰線園部~福知山電化に伴い登場した異端児ですね。
活躍時は福知山辺りで,2両ワンマン編成の運用が見れましたけど
幾つかはこうやって増結されて,京都まで顔を見せてました。

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この異端児も様々なバリエーションがあって,撮影には嬉しい題材なのですが
いつもの如く,面倒なので狙って撮りに行かない私には,偶然に出会った時くらい
しかチャンスが無く,そうなると当然画像も少ない訳で・・・。折角の前パン車も
暗い山陰線ホームだと解り辛くて,残念なものしかありませんでした。

まぁそれでも,こうやって数枚でも画像があるんですから良かったです。
113系も大昔は当たり前の存在でしたが,今や風前の灯状態です。
嘗ての大阪駅にも,サロを繋いでやって来てた時代が懐かしいですね。 

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こっちもパッと見は解りませんが,面白い車輌ですね。

 

2014年06月28日

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確か1998年頃の撮影だったでしょうか? 当時の志度・長尾線では
主力車輌としてバリバリに活躍中だったので,行けば必ず見れた形式でした。 

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御承知の通り,元京急230形で琴電30形としては3代目になります。
台車などが交換されましたけど,京急時代の面影を色濃く残していたので
京急のオールドファンには,懐かしい存在だったのかも知れませんね。
私は大阪在住なので京急の歴史などは,よく知りませんけど
それでもこの30形を見ると,古いのに優雅な車輌に見えたもんです。

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こちらは前面改造後の貫通扉が付いた方です。
少々無骨な顔付きになりましたけど,これはこれで良い感じの車輌でした。
撮影名所として知られる海沿いのポイントも,今じゃ高いフェンスが出来て
随分と雰囲気が変わってしまいました。まぁ車輌も変わりましたけど・・・

撮影に出掛けたのが夏・・・。 
見るだけ,撮るだけなら最高のシチュエーションを提供してくれますが
乗車するともう殆ど蒸し風呂状態でしたので,利用する側からしてみりゃ
せめて冷房化くらいは・・・と思う気持ちもよく解りましたね。
阪堺のモ161形みたいに,季節限定と言う訳にも行かないでしょうしねぇ・・・

 

2014年06月27日

尼崎と奈良を,おおさか東線・東西線軽油で結んでます
いわゆる ”直通快速” です。朝夕の1日4往復の設定で,定期運用
なので撮ろうと思えば幾らでも取れるんですが,意外と撮ってません。

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2008年に設定されて暫くは,223系6000番台が充当されてました。
まぁ形式としては見慣れた車輌ですが,東西線や大和路線を走る姿が
普段は見られない車両だけに,出来ればもっと撮っておきたかったです。

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現在は地下線のホームドア設置の関係で,207系に置き換わってますが
こちらの形式も大和路線を走る姿は,結構レアな存在なんですよね。
しかも快速なのにオールロングシート というのが,なかなか興味深い(笑)。
大和路線の大和川を渡る姿は,渓谷の中を走るみたいで面白いですしね?。
いつか撮りに行こうと思いつつ,何だかんだで未だ行けてません。 

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おまけはこちら。 大阪環状線大正駅を通過する201系のウグイス車です。
201系のウグイスが環状線を走る事は,普通は無いのでレア中のレアです。
え?本当に大正駅なの?・・・って?

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では大阪城公園駅で,オレンジの103系と並んで頂きましょう。
この運用・・・お解かりですよね?(笑)。
 

2014年06月26日

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大阪駅に到着したサンダーバード。 回送となって出発する訳ですが
サイドの行き先表示幕が回送になるまで,クルクルと色んなものが出て来ます。

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そういえば登場当時の681系は ”ニュー雷鳥” と呼ばれてましたね。
未だスーパー雷鳥が健在だった頃に,臨時か何かで使用するつもりだった
のでしょうかね?681系のスーパー雷鳥ってあったんでしょうか?
 立山や宇奈月なんて今じゃ乗り入れしてないので,ちょっと懐かしいです。

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こちらはサンダーバード版という事でしょうか?
ビジネス・・・は最初見た時に思わず 「短かっ!」 と叫んでしまいました(笑)。

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極めつけはこちら。 もう何が何だか解らない列車名です(笑)。
485系が未だ幅を利かせていた時代は,愛称も別々にしていたので
致し方ない処置ではありますが,お客さんは困惑するんじゃないでしょうかね?
まぁそれにしても長いお名前だ事・・・(笑)。

そういえば大昔はトレインマークが回りだすと,大阪じゃ見れない愛称名が
出て来て妙にテンションが上がってた気がします。でも違和感バリバリで(笑)。


 

2014年06月24日

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383系も登場から今年で,めでたく20年を迎えました。
まさに381系を進化させた様な井手達は,JR東海の意欲作ではないでしょうか。
先に登場したキハ85系のデザインを踏襲した様な,メタリックボディと白黒ツートンの
前面が実に斬新なイメージで,乗り心地も素晴しいデラックス車輌だと思いました。 

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結局。以後のJR東海の車輌は,み~んな 同じ様な配色&デザインになってしまい
ましたけど,この383系だけは自分の中では特別な存在になっているんですよねぇ。
381系時代から引き継いだ,大阪までの延長運転もその要員の1つですが
貫通と非貫通の2つの前面が,まったく違うスタイルなのも好きな理由です。

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大阪~名古屋の区間は乗車した事があるのですが,やはり振り子機能を
フルに楽しめる篠ノ井線や,中央西線を体験したいもんです。 
381系の時は余りの蛇行ぶりに,乗り物酔いした記憶があります(笑)。

 

2014年06月23日

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近鉄の次世代一般車として知られるシリーズ21の各車ですが,この仲間も
色んな細やかな形式があって,正直どれがどれだか解りません(笑)。
しかしこの記念すべき第一陣としてデビューした3220系は,好きな車なんです。

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他の形式と違って若干くの字になった前面デザインや,電気連結器がない密連。
また地下鉄車両を思わせる様な前面の非常扉など,この形式だけにしか
見られない特徴が色々あって,先発隊故のバリエーションの違いが楽しいです。

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1番の魅力は,この奈良を連想させる様な古風なラッピングでしょうか?
最近ではアニメや萌え系のラッピング車も増える中,こう言った観光都市を
のPRを目的としたラッピングは,何故か硬派な感じがして好ましいです。

中でも一部の運用で来阪する3220系が良い感じで,難波駅にこれが来ると
特別な仕様の列車が入線して来た気がして,ちょっとテンションが上がります。
難波線にも来てくれたら良いんですけどねぇ・・・

 

2014年06月22日

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1993年の撮影とありますので,21年前の写真になりますね。
塗り替えされた時はボン車には似合わんだろ~と,余り好きじゃなかったのですが
当時は全国的に塗色変更が盛んだった時代で,まだこの配色は爽やかな方です。
九州の真っ赤なボン車を初めて見た時は,ぶったまげましたもんね(笑)。

上沼垂の運用は ”雷鳥” では新潟行き限定でしたので解りやすかったです。

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日本海縦貫線を青森まで走る ”白鳥” も,この上沼垂車でしたね。
確か晩年は国鉄色に戻りましたけど,ボン車の ”白鳥” は違和感ありました。
昔はボン車が充当される事なんか滅多に無かったですから・・・。

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何故か私の撮った上沼垂車は,ボン車と共に1500番台が多かったです。 
北の大地専用で使われてた車輌を,大阪で見れるとは思いませんでした。 
しかもグレードアップ塗装になっちゃうとは,夢にも思いませんでしたね。

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間合い運用の ”びわこライナー” でも使用されてました。
米原へこの車輌が行くんですから,ある意味で非常に貴重な記録ですね。

当時は単にミーハー感覚で,パシパシと撮影してただけなんですけど
何でも撮っとくもんですね~?今じゃ大阪の北陸特急はサンダーしか見れませんし。 



2014年06月20日

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形式数が多過ぎて理解できない私でも,5200系だけは解ります(笑)。
今では通勤車グループの一員になってしまいましたけど,登場時は長距離の
急行運用専用として,特急に負けないくらいの風格が格好良かったです。

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そんな5200系もすでに26年もの歳月が流れてしまいましたが,この車輌が
もたらした功績は大きく,以後の転換クロスシート車の見本になりました。
独特の前面デザインとサイドの連続窓は,今見ても古さを感じさせませんよね。

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お気に入りの車輌でもありますので,たくさん撮ってたと思ったのですが
意外と少ないので,行き当たりばったりで撮影してると出会いも少ないのかも。

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好きな車両が現役のうちは,どんどん記録しておいた方が良いですよね。

 

2014年06月19日

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18年前だと1996年になりますね。ううむ・・・何とも中途半端な時代設定です(汗)。
”懐かしい” と呼べる画像なのかは,微妙なトコですがヨロシク・・・。

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まずは30000系から。違いと言えば当時は未だ4両編成オンリーで
相方の31000系が居なかったので,スカート周りがスッキリです。
個人的には高野線のクイーンとしては,こっちの方が美人かな?

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関空開港が1994年ですので,両線共にすっかり新塗装化されてます。
今と殆ど変わらない井出達ですが,微妙な違い解りますかねぇ?・・・

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こちらは南海最古参の6000系。そういえば白い行き先表示幕でしたね

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そうです。この時は21000系が最後の活躍を見せた年でした。

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ファンには不評だった新塗装の21000系ですが,使用期間が短かったので
今にして思えば,これはこれで南海らしくて良かったのかも知れませんね。
古豪と新塗装というアンバランスな取り合わせも,許せる様になりました。
流石に萌え系のラッピングは,私は趣味じゃないのでドン引きしますけど・・・(汗)。


 

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