Yan鐵ブログ ミニ報告書

鉄道がメインですが,それ以外もやってます。

2015年11月

東海道の201系

201b (1)

201b (2)

201b (3)

ついこの間までいつも通りに見てた気がしますね。
スカイブルーの103系が撤退して,いよいよ関西も201系が進出かと思ったもんですが
201系が東海道から姿を消して10年です。月日が経つのは早いものですな・・・。

今じゃ殆どが銀色車両軍団に染まっちゃいましたけど,これも時代の流れ。
後10年もすれば,また消えて行く車両もあるんでしょうね。

201b (4)

w201

201b (5)

そう言えば環状線にも居ましたね?スカイブルーの車両。








電化直後の福知山線

今回は電化直後の福知山線を御紹介致します。

koku16

私にとって1番の衝撃だったのが,DC特急まつかぜの廃止でしたね。
急行丹波などを吸収格上げさせて,新特急として誕生したのがこの北近畿でした。
あちこちから掻き集めた485系で組成されてましたので,新特急ではありましたが
形式車両がバラバラだったのが,如何にも急場凌ぎって感じで興味深かったです。

oldphot 014

oldphot 017

通勤型では驚きのカナリア色が登場しました。
関西では唯一使われてなかった配色でしたので,非常に新鮮に感じました。
103系の活躍は短命でしたが,何か不具合でもあったんでしょうかね?

oldphot 020

11701
          (注)117系の画像は湖西線時代のものです。


その後は113系がいわゆる福知山線カラーになって,117系も参入します。
この時代頃から安定期に入った印象を受けました。歳月は過ぎ,知らないうちに
両者は撤退・・・。今じゃステンレスの車両ばっかりになっちゃいましたとさ。

こうやって見返してみると,福知山線の車両の変遷って面白いですよね?
もっと沢山撮影しときゃぁ良かったです。


 

ディーゼルカーに懸ける想い

no title

自分にとってディーゼルカーという存在が,青春の1ページだったと再認識してます。
田舎の路線が山陰本線や山口線だった事もあってか,幼少の頃から電車ではなく
”気車” が大好きだった自分が居ました。停車中の車両からはガラガラと賑やかな
エンジン音がしていましたが,それが私にはとても馴染んだ音でしたね。

0 (1)

屋根の端から油煙を上げながら,軽油の匂いがしたホーム。
発車時に唸りを上げながら,重々しい車体がゆっくり動いて行くシーン。

0 (2)

0 (3)

ディゼルカーが好きな人なら誰しもが 「これだよ!」 と言いたくなる場面です。
勿論電車や列車にも,その車種独特の魅力と世界観があるのですが
幼少の頃に体験した想いというのは,いやはや恐ろしい・・・(笑)。
良い意味でのトラウマとでも言いましょうか?三つ子の魂百までと言うか。
私に備わった特殊な想いになっちゃいました。

そんなディーゼルカーも最新型になって,無骨さが消えちゃいましたけど
今でもエンジン音や軽油の匂いを嗅ぐと,その想いが甦ります。
だから一生私の中では優遇される存在なのでしょうね。ディーゼル最高です!

解りますかねぇ?この心境(笑)。


懐かしき福知山線普通列車

国鉄時代。大阪周辺でも未だ非電化路線が沢山ありました。
例えば福知山線(現:宝塚線)は,その代表格でして当然ながら
特急も急行もディーゼルカーと客車で運行されてました。

File0004

福知山線なんて,山陰本線との連絡線くらいの印象しかありませんでしたが
当時から篠山口や宝塚などへの列車も,結構な本数が走ってましたね。普通運用は
近距離は主にキハ47系の4~6連。中・長距離になると客車の登場となっていました。

この福知山線ですが,意外とよく利用していた記憶があります。
18切符を片手に出雲市まで鈍行で行った事もありましたね。
確か朝5時30分過ぎに出発で,出雲市に着いたのが晩の8時過ぎだった様な。
よくもまぁ14時間以上も同じ列車に乗っていたもんです。
寝ても寝ても着かなかったイメージが強く残ってますよ・・・(笑)。
そんなシンドイ思いをしましたが,今となっては良い思い出になりました。

また宝塚では友人が線路にサンダルを落としてしまい,列車が出発していたにも
関わらず車掌さんの機転で列車を緊急停止させ,わざわざ拾ってくれた事もありました。
1980年代はブルトレブームも起き,やや国鉄もピリピリしていた時代でしたが
それでも未だ各所に大らかな部分もあって,何だか良き昭和だったのを感じています。

やがて福知山線の旧型客車は12系に置き換えられてしまい,その後電化路線へ。
車両のグレードは上がりましたが,また1つ懐かしい思い出が消えた気がしましたね。

EF81は昭和の名選手

81

大阪では湖西線の玄関口という事もあってか,交直両用のEF81は案外とポピュラーな
存在でした。牽引も寝台特急から貨物列車まで幅広い運用もありましたしね。

81 (1)

1980~90年代は湖西・北陸の電気機関車と言えば,ハチイチが主役だったので
見かけた所で大して喜びもせず,機械的にシャッターを切ってた気がします。
むしろEF70やED74辺りを見かけると,何処か心が踊ったものです。

この4~5年の間にEF81も急速に数を減らして来た事もあって,撮影に出た時は
優先的にシャッターを切ってますが,運転室窓のHゴムがグレーだったいわゆる
”当時もの” は意外と撮影している枚数が少ないんですよね。
いつでも撮れるし・・・みたいな感覚で。

81 (2)

こうやって改めて眺めてみますと,御馴染みのスタイルなのに何故か懐かしく感じます。
やっぱりハチイチは,昭和の方がよく似合っているという事なのでしょうかね?
同じ事はDD51やEF65辺りも言えそうですが・・・。



来訪者さん
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

最新コメント
☆☆☆
にほんブログ村 鉄道ブログ 関西の鉄道へ
  • ライブドアブログ