Yan鐵ブログ ミニ報告書

鉄道がメインですが,それ以外もやってます。

撮影記録(国鉄)

381系 L特急しなの

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もはや博物館入りしてしまった381系の0番台車。
私は381系と言えば,今でもこの0番台車が1番好きです。
主に名古屋~長野を結ぶL特急として活躍中でしたが,御存知の通り
1往復だけですが,遥々大阪まで足を伸ばしてる運用もありまして
その伝統は現在も ”ワイドビュー” で受継がれています。 

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特に大阪をAM8:30に出発する ”しなの9号” が,私には1番思い出深いです。 
485系や583系が幅を利かせていた当時の大阪駅に,卵形で屋根がスッキリ
した381系が入線して来ると,その特異なスタイルに感動したもんです。

また当時は新大阪駅を通過する設定になってまして,振り子電車が猛スピ-ドで
駆け抜けて行く姿が,凄く格好良かったんですよね。そういえば当時は意外と
新大阪駅を通過する列車があった気がします。今じゃ当たり前に停車する
新快速ですら通過してたんですから,本当に新幹線だけだったんですよねぇ。

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381系仕様の晩年は編成も短くなって,こんな顔の編成も来てました。
”北近畿” の183系もそうですが,先頭車に幌が付くとやっぱり変です。

 

急行丹後

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気動車急行としては比較的,遅くまで頑張ってました ”丹後” です。
全国的に数を減らす中,グリーン車を連結した長編成は貴重な存在でした。
私も廃止が決まる1年程前から,いそいそと撮影に出掛けてましたっけ。

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活躍時は日本全国津々浦々と何処へ行っても,普通に見れた車両でした。
私の故郷でもある島根県西部でも,普通に急行にと様々な編成が見れたので
当時は見ても特に何も思わなかったものですが,こうやって写真を眺めると
色んなシーンのキハ58系の勇姿が思い浮かんで来ます。懐かしいなぁ・・・

因みに・・・

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この写真が私が撮った ”丹後” の1番古い写真の様です。
京都駅の山陰線専用ホームに,未だ長い長いヤードがあった頃です。
今のホームとは全然違う眺めですが,広々とした構内がこれまた懐かしいですね。

 

DC特急いそかぜ

ディーゼル特急ですが,写真がたくさん出て来たので暫く続けます(笑)。

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たった2枚しかありませんが,私にとっては意外と縁のある列車でした。
”いそかぜ” はそれまで運行されていた ”まつかぜ1・4号” が米子止まりに
短縮された事で,米子~博多の山陰特急として誕生した経緯があります。

「この世で1番好きな列車」 だった ”まつかぜ” 号の,長年続いた山陰線走破が
無くなり,代わりに生まれた特急ですから私には ”まつかぜ” の生まれ変わりの
様な存在に感じてました。 何となく名称を似てますし・・・(笑)。

20歳の時の山陰線走破旅行の際に利用したんですが,当初から3両編成だった
事もあってか,随分と地味なローカル特急になったなぁ・・・と思ったものです。
それから数年後には,友人の伝で米子機関区へお邪魔する機会があって
その時に出庫準備をしていたのが,この列車でした(2枚目の写真です)。

当時でも時代は新幹線の時代。
わざわざ遠回りをして九州入りする人も居ないですし,島根県西部といえば
然程大きな都市もありませんので(失礼:笑),この規模の特急でも十分に
対応できたのかも知れませんね。それでも2005年まで活躍してたんですから
それ也の需要はあった訳です。関門トンネルを潜る唯一のDC特急でした。
 

L特急 加越

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確かたくさん撮影してた筈なんですが,アルバムが見つかりません(汗)。
L特急加越は米原と金沢・富山を結んでいた特急で,登場当初から7両編成で
L特急全盛の頃は 「7両編成の身軽な姿で運転している」 と雑誌で紹介されて
いたのを覚えてます。今じゃ7両なんて堂々たる勇姿ですよねぇ?(笑)。
国鉄時代は在来線特急では1番の俊足で,表定速度は当時86.3Kmでした。
色んな意味で時代を感じますよね。これでも当時は速達特急だったんです。

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長い事,加越といえば485系の300番台のイメージがあったのですが
いつしか金沢運転所のボンネット車も充当される様になってました。
大きなトレインマークに違和感を感じたのは私だけでしょうか?

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そういえばこんなのもありました。加越の更に速達版と言いましょうか?
地味に登場して,地味に消えちゃいましたね。

2003年の夏に683系に置き換えられましたが,僅か3ヶ月で ”しらさぎ” に
吸収されてしまい,あえなく消滅してしまいました。 ”雷鳥” や ”しらさぎ” と
運用路線が被ってましたので,整理の対象になるのは仕方なかったんでしょうね。
全盛期は ”加越” の補完急行で ”くずりゅう” ってのもあったくらいなんですけど。



20系時代の銀河

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あくまで私の主観ですが寝台急行銀河は,20系が1番似合ってる気がします。
20系撤退の後は14系→24系25形と,特急並の装備へと移行しましたが
私には少々豪華過ぎる印象があった訳でして・・・いや。確かに24系も晩年は
相当くたびれてましたから,逆に考えれば急行が妥当だとは思いますけど
やっぱり銀河は20系の編成の方が,断然格好良いと感じてます。

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私の世代ですと,当時の20系を使用した定期の寝台特急といえば
東北筋の ”あけぼの” がギリギリ頑張っていた頃でして,すでに14系や24系が
主流になっていました。機関車もEF58こそ未だ健在でしたが,関西圏ですと
EF65-500番の特急牽引はすでに無く,EF65-1000番に変わってました。 

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そんな中でオロネを連結した急行銀河の存在は,自分にとっては往年の
東海道・山陽を駆け抜けた,元祖ブルートレインの面影を見る事が出来た
唯一の存在だったので,撮影には必ず対象に入ってた車の1つでした。

丸い独特の緩急車や,14系や24系とは違った車体の青色具合いなど
ある意味で14系以降のブルトレよりも,ずっと御洒落でイカしてた気がします。
大阪には他に夜行の ”だいせん” がありましたが,やっぱり東海道を行く
20系編成の相棒は電気機関車が,1番格好良いんじゃないでしょうかね?


 
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